はじめに
この記事は「小説における読みやすい文章」について書かれています。
- 読みやすい文章とは何かがわかる
- 読みやすい文章を書く方法がわかる
「あれ、自分の小説って、読みづらい?」
小説を誰かに読んでもらった時に、そんなことを思った経験はありませんか?
自分で書いている時はそうでもなかったけど、他の人に読んでもらったりすると、「読みづらい、よくわからない」と言われてしまう。
どうせ小説を書くならば、読みやすい文章を書きたいですよね。
「でも、読みやすい文章ってどういうこと?」
色々と意見はあるかと思いますが、ボクが考える読みやすい文章とは、「小説を読んで、頭の中に簡単にイメージできる文章」だと考えています。
どういうことか、これから説明していきます。
読みやすい文章とは何か?
色々と意見があると思いますが、ボクの結論はこちらになります。
読みやすい文章とは、「小説を読んですぐに頭の中にイメージが浮かぶ文章」のことだと考えています。
もちろん、他の方が書いているように、「一文が短い文章」や「漢字を開いた(ひらがなにする)文章」なども、読みやすい文章に入ると思います。
そういう「短い文にする」や「ひらがなを使う」と言った、テクニックと言いますか、技術というものも十分、大切だと思っています。
でも、これらはあくまでもテクニックの1つに過ぎず、「読みやすい文章」の本質ではないと思っています。
その理由は、「一文を短くする」や「漢字を開く」ことを何故するかというと、頭の中でイメージする際の手助けをすること。つまり、「脳への負担を少なくすること」だと思うんです。
「脳への負担を少なくする?」
「「分かりやすい説明」の技術(ブルーバックス)」という本の中で、「分かりやすい説明」とは何かを解説しています。説明となっていますが、これはそのまま文章と置き換えて良いと思います。
著者いわく、
「分かりやすい説明」とは「脳内関所を通過しやすい説明」のことです。「脳内関所」とは、脳の短期記憶領域を意味する私の造語です。
「分かりやすい説明」の技術(ブルーバックス)
と書かれています。
どういうことかと言いますと、ボクたちが小説を読んで得た情報は、「短期記憶が処理される領域=脳内関所」へと運ばれます。
この脳内関所に運ばれた情報が、きっちりと「仕分けられる」と、「分かった!」と脳が理解するらしいです。
逆に、運ばれた情報が、「仕分け作業」で上手くいかないことときに、「分からない」「解せない」「腑に落ちない」ということになるのです。
つまり、この「脳内関所」での仕分け作業を「楽に通過」させよう、というのが「分かりやすい説明」であり、小説では「読みやすい文章」だということですね。
文章から、容易にイメージさせられるかどうか
それでは小説において、ボクたちがいつ「分かった!」という状態になるかを考えてみます。
そうすると、小説を読んでみて、「場面が想像できる」「話し手が誰か分かる」「頭で想像できる」と言った、「イメージ」できた時に、ボクたちは「分かった!」と考えるのではないでしょうか。
これが、「読みやすい文章」の正体ではないかと考えています。
先ほどの「一文を短くすること」も、「イメージしやすいように手助けするために、一文を短くする」のであって、「一文を短くすること」そのものが「読みやすい文章」ではないのです。
もちろん、文章の中には「感情」や「オノマトペ」など、具体的にイメージできないものもあります。
しかし、例えば「辛い」「悲しい」などの感情を扱った文章で読んだ時に、「泣いている主人公」や「悲しい表情をしたヒロイン」など、「間接的」にイメージできれば、それは「読みやすい文章」だと思います。
そもそも、頭の中に浮かぶイメージ自体、とてもあいまいなもので、すべてが具体的に想像できるものではないことは、アイデアを考えたことがある人ならば、容易に想像できると思います。
つまり、読みやすい文章とは
- 小説の文章を読む
- 文章を頭の中で容易にイメージできる
- 「読みやすい文章だ!」と判断する
このような形で、ボクたちは判断するのではないでしょうか。
読みやすい文章を書くための方法
この章からは、「読みやすい文章」を書くためには、どうすればいいかを書いていこうと思います。
先ほどまでに、読みやすい文章とは「文章を読んで頭の中で容易にイメージできる」ことだと書きました。
そこから考えれば、「読みやすい文章にする」ということは「頭でイメージさせる手助けをする」、と言い換えることも出来ます。
つまり、「イメージさせやすいよう」に「一文を短くする」とか、「イメージさせやすいよう」に「漢字をひらがなに直す」とか、
そういった形で、「脳の負担を出来るだけ減らしてあげよう」という作業が、読みやすい文章にするためには重要だと考えます。
誰にとって読みやすい文章なのか?
ここで1つ疑問が湧いてきませんか?
それは、「誰に」とって、読みやすい文章か、ということです。
小説といっても幅広いジャンルの物があります。
純文学や古典などの「硬派(ボクの勝手なイメージです)」なものから、一般小説やキャラ文芸などの「娯楽系」や、果ては萌え系のライトノベルまで。実に様々なものがあります。
それぞれにおいて「読み手」がおりファンがおり、各ジャンルで「読み方」が違っていると思っています。
そこで、先ほどの「脳の負担を無くすこと」を念頭に、読みやすい文章を書こうとしたら、「何」を想定していないと書けないかが分かるかと思います。
そうです。「読者」の想定です。
読者を想定すると、おのずと読みやすい文章を書けるようになる
読みやすい文章を書くためには、「読者」の想定がとっても大事だと考えます。
例えば、高校生のラブコメ小説が好きな読者を想定したとします。
高校という舞台設定は大体の人が「イメージ」出来るので、わざわざ「体育祭とは〇〇なものである」とか、「部活とは〇〇なものである」、なんて説明はしなくて良いわけです。
それをしようものなら、「くどいよ!」と読者にイラつかせてしまいます。そこには「脳の負担を軽減させる」という作業が上手くいっていないのです。
それは読みやすい文章ではないですよね。
ここでの「読みやすい文章」とは、そういった「当たり前のこと」を抜きにして、「読者が知らないだろう情報(例えば、主人公の好きな人とか、部活動は何をしているか)」を、書くことが望まれます。
一方で、ファンタジー小説が好きな読者を想定したとします。
ファンタジーという、現実にはない舞台設定を文章にするときには、「この町は〇〇であり」とか、「魔法が使えるのは〇〇である」といったことを説明しないと、読者が混乱してしまいます。
つまり、ここでの「読みやすい文章」とは、先ほどの「高校生のラブコメ」とは違い、詳しく説明しないと、読者の「脳の負担」を軽減できないのです。
ただ、ここで難しいのが「説明しすぎる」とくどいと思われるし、説明口調になっても「面白くない」と一蹴されてしまう点です。
分かりやすさの中にも、面白さを入れることが求められるわけですね。
このように、「読者を想定」することによって、必然的に「どんな情報を詰め込んだ文章」を書けばいいのかが分かります。
他にも、読者の想定についてはメリットがります。読者についての記事はこちら→(記事:小説が「書きたいのに書けない!」時の原因と対策)
いかがでしょうか。読者を想定して、脳の負担を減らして、読みやすい文章を書いてみて下さい。
まとめ
分かりやすい文章とは、イメージする際の負担を減らす文章のこと。
脳の負担を軽減させるためには、「読者」を想定して文章を書くとよい。
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